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第14回 サンゴの叫び
文・写真 / 環境市民代表理事 杦本 育生
小学校であったのか、中学校であったのか、今となっては定かではないが、日本の最高気温を記録したのは山形だと習って驚いた記憶がある。なぜ東北地方で?と思い、フェーン現象ということも、たしかその時に学んだ。その日本最高気温がついに、今年8月16日に74年ぶりに塗り替えられた。最高気温となった多治見、熊谷だけでなく、この8月には日本各地の気象台で観測史上最高気温を記録した。
振り返って見れば、今年1月2月は暖冬で、ついに東京では観測史上初めて雪のない冬となり、桜の開花が最も早くなるのではと言われた。しかし3月は冷え込んだため桜の開花は平年並みとなった。梅雨入りは遅くなったが、各地で豪雨となり特に九州地方では記録的な集中豪雨、洪水となった。梅雨明けも関東、北陸で8月1日となった。
7月は気温が上がらず、今夏は猛暑となる予測が一転して冷夏予測、すぐに平年並み予測に変更、そして実際には猛暑とめまぐるしい。このような異常気象は、世界的にもますます顕著になっている。例えば中国は地域により干ばつと豪雨が今年も酷く、北朝鮮も記録的洪水、モスクワは毎日30度を超え、南欧では40度超えも、一方フランス北部は冷夏、イギリスは大洪水。気候変動・地球温暖化は異常気象をより激しく頻発させるという科学的予測が、すでに現実のものとなっている。また、北極海の氷は毎年最も小さくなる9月を待たずに8月中旬に過去最小を記録した。
気候変動は、人間よりも早く様々な生きものたちに大きな影響を与え始めている。例えば、ホッキョクグマが絶滅危惧種に指定され、カナダのセントローレンス湾では、今年生まれたタテゴトアザラシが全滅したと推測され、日本の近海で獲れる魚も大きく変化し、昆虫の生息域が移動している。そして、海の中では、現在の地球環境を産み出すのに大きな役割を果たした生き物に絶滅の危機にさらされようとしている。サンゴである。
サンゴには深海に棲み、宝石にも用いられるような種類もあるが、大きな問題になってきたのはサンゴ礁を造る造礁サンゴである。造礁サンゴは約4億7千万年前の古生代のオルドビス紀中期に出現した。シアノバクテリアが始めた海中で光合成を行い、二酸化炭素を吸収し酸素を放出するという営みを、受け継いだ生き物のひとつである。サンゴそのものは動物であるが、共生する褐虫藻が光合成を盛んに行い、またサンゴはその骨格であるアラレイシ(炭酸カルシウム)を造り、二酸化炭素を吸収した。古生代のサンゴはその末期に絶滅するが中生代三畳紀に現れた造礁サンゴが現在まで続いている。地球上で生き物が造った最大の構造物は、万里の長城ではなくオーストラリア北東のグレートバリアリーフであることからも、その連綿とした生命の営みの力強さを感じる。
生命が上陸できたのは、これら海の中の生命が二酸化炭素を吸収し酸素を出し続けてくれ、大気の組成が変化したからだと考えられている。いわば私たちの恩人? のような生き物のひとつである。そのサンゴが滅びようとしている。原因は私たち人類が招いた地球温暖化である。造礁サンゴは、熱帯、亜熱帯の澄んだ浅い海に生息する。そのため、暑いのは大丈夫と思われがちだが、そうではない。水温30度を超えると弱りだす。共生している褐虫藻が逃げ出してしまう。短期間なら戻ってくるが、長期間になると褐虫藻からもらう栄養がなくなったサンゴは死滅していく。これが白化現象といわれ、世界に広がっている。
1998年の世界的な海水温上昇でモルディブのサンゴ礁が崩壊したのはこの海水温上昇、白化である(本連載第8回参照)。そして今年またもやその海水温上昇が世界のサンゴをピンチに陥れている。本連載第11回で紹介した石垣島白保のサンゴもミドリイシ科では90%以上、コモンサンゴ科は50~70%も白化。今まで白化現象が観測されていなかったアオサンゴにも現れた(WWF調査)。
また、サンゴが帯状に白くなり、組織が徐々に壊死するホワイトシンドロームと呼ばれる病気も世界各地に広がっている。発生原因は不明だが、海水温上昇と関連があるという研究結果がでている。さらなる危機がIPCC第4次評価報告書で予測されている。大気中で増加したCO2 が海中に溶け、海洋が酸性化することで、サンゴの骨格が溶け出すようになるのだ。
現在の多様性に富んだ地球環境の形成に寄与し、海の熱帯雨林といわれ、多様な生態系の基盤となり、人間にとっても漁業、観光にも役立ってくれているサンゴ礁。私たちが日々の暮らしにかまけていると、そう遠くない将来に絶滅する。それが更なる大きな脅威になって人類にふりかからないとは誰にもいえない。
(みどりのニュースレター 2007年9月号 No.172掲載)