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第11回 悠久のサンゴの海 白保
文・写真 / 環境市民代表理事 杦本 育生
初めて石垣島東海岸にある白保の海を泳いだとき、そのサンゴの群体*の大きさに驚かさされた。訪れる前に専門家が北半球最大級と評価していたアオサンゴだけでなく、ハマサンゴ、コモンサンゴや、エダサンゴ、テーブルサンゴと一般的に称されるミドリイシも大きな群集に育っていた。白保のイノー**の海は深いところで3メートルくらい、上に生育できなくなったサンゴは、横に広がっていく。やがてはまるで小さな山脈のような景観を海中に創りだした。
アオサンゴ群体がここまで育つには千年以上かかるであろう、という専門家の言葉に素直に頷ける。ハマサンゴも指が多く集まった形状になるユビエダハマサンゴ、円筒(プリン)状になる塊状ハマサンゴとも、それまでもその後も私が見た世界各地の海のどのサンゴよりも大きい。塊状ハマサンゴの大きいものは上面の直径が5メートルにもなり、マイクロアトール(小さな環礁)を形造る。コモンサンゴは静かな海の中で葉牡丹状に大きく美しく開く。
そのサンゴの山並み谷間を縫って多様な魚たちが泳ぎまわる様は、見飽きることがない。アケボノ、ミスジ、トゲなどの様々なチョウチョウウオ、サンゴの海の常連であるデバスズメやミスジリュウキュウスズメ、オヤビッチャ、ツノダシ、フエヤッコダイ。クマドリ、アオブダイなど大きめの魚たちにも結構出会う。暖かく透明な海は、色彩と形状で種の多様性を生み出す。浅くて波がないイノーの海は、誰もがゆっくりとシュノーケリングを楽しむことができる。沖縄の海は本土復帰後、海洋博が行われる前は、至るところで竜宮城と見紛うばかりの海中景観であった。海洋博とその後の開発によって大量の赤土が海に流出したことにより、サンゴの生育環境の悪化とオニヒトデの大量発生につながり、沖縄のサンゴ礁は大きな打撃を受けた。しかし、その健全であった頃のサンゴ礁と比べても、白保のサンゴ礁は群集のスケールが異なり貴重である。
白保の海では、シカツノサンゴなどの枝状のサンゴにクロスズメダイが藻を植え付け育てる。魚が藻を養殖しているのだ。また多くの魚や海洋生物が卵を産み、幼魚が育つ。大きなクブシミ(コウイカ)もサンゴの間にピンポン球のような卵を産む。
白保の海は浜から外洋に向かって幅100~200メートルぐらいずつの異なる地形になっている。浜にもっとも近いのは砂の層。この砂は全てサンゴや貝殻など海洋生物がもたらしたもの、細かな穴が開いていて陸からの生活排水や栄養に富んだ水はここで濾され、アオサやモズクなどを育み住民を潤す。また汚れや余分な栄養が取られるので、サンゴの生育を妨げることがない。
その沖にはあまり生き物が見当たらない砂礫層が続く。さらに沖にいくとサンゴを中心とした豊かな海が現れるのだ。サンゴは沖に向かってより海面近くへと育ち、浜から700~800メートルほどの沖にサンゴ礁のリーフになって海面から顔を覗かせる。昔のサンゴの骨格が固まった岩盤であるリーフにも多様な海洋生物が息づく。そして波が打ち寄せる外洋。リーフのおかげで波が消され、台風のときでも大きな被害が出にくい。外洋も豊かな海、海人(うみんちゅ)がシチュー、アカジンと呼ばれる高級魚もよく獲れる。
この白保の海を埋め立てて新石垣空港を造るという計画が出てからもう四半世紀になる。白保の住民から自然とともに暮らす豊かな生活を守りたいという運動が起こり、全国各地そして海外から様々な環境団体が支援行動を展開した。その成果で、無謀極まりない埋め立て案は消えた。しかし大型「公共」事業を求める人々の欲望は潰えることがなく、白保の北部の海岸近くにあるカラ岳という丘をつぶして新空港を造るという計画が現在も進んでいる。陸上部での大型開発は必ず白保の海に大きな脅威をもたらすであろう。
白保の海を生命豊かな海として後世に伝えられるかどうかは、私たちが豊かさをどのように考え行動するかにかかっているのではないだろうか。
*サンゴの群体・……サンゴの一個体でありポリプが外骨格を形成しながら無性生殖で分裂して成長し、一つの群体となる。私たちが一つのサンゴとして認識するのが実は群体である。
**イノー・……外洋からサンゴ礁によって隔てられた
内海。礁池の沖縄言葉
(みどりのニュースレター 2007年3月号 No.166掲載)