第10回 日本社会の根本的病理 | 認定NPO法人 環境市民

第10回 日本社会の根本的病理

文/代表理事 すぎ本 育生

最近、痛ましい事件が続いている。親殺し、子殺し、少年による理解不能な殺人、学校での児童の殺傷、イジメによる自殺、ホームレスの殺傷……。このような事件は、それを起こした加害者やその被害者だけの問題ではないことに、既に多くの人は気づいているだろう。ただ、それが世間や新聞、テレビでよく言われているような、学校、教育、家族のあり方の問題、だけとは思えない。現在の日本社会にある根源的問題が、その本当の原因ではないだろうか。その原因を探るために、私たちの社会の基本的原理となっている競争による物質的繁栄がどのような人間を作り出していくのかみてみよう。

私たちの社会で競争といわれているのは、互いに尊重し思いやりながら切磋琢磨することを意味するのは極めて稀である。ほとんどの場合は、他者を蹴落としてでも、自分が勝ち残ろうとすることを意味している。さて、経済活動が盛んになるにつれて、人間社会での競争がより激しくなった。競争原理と科学技術の発達によりモノが次から次に大量に生産されることにより、人間に物的豊かさをもたらしたが、それとともに「人より多くのモノが欲しい」という心理が生まれることにもなった。そして、たくさん所有したい、他人より多く所有する、それが「豊かさ」であるという社会的心理が形成されていった。いったんこのような社会システムと社会的心理が形成されると、それに合わせた人間を社会は生み出すようになっていく。学校も、人間として質の形成などはせず、競争を助長し社会に適合した人間を生産する場となっている。人間は生まれながらにして、多くモノを所有することが幸せで、そのためには多くの金が必要であり、競争することは必然である、というような考えを当然、とするようになっていった。

20世紀後半、より多くのものを所有したいという欲求は、より早く消費したいという欲求へと変化した。科学技術の飛躍的発展と生産活動への直結が、それを可能にした。愛車を長く大切に使うというより、より新しいクルマに買い換えること、袖も通さないのに次から次へと洋服などを買い続けている(またできることならそのようにしたいと願っている)ことが、ごく当然と受け止められるようになった。今日多くの人は、良いモノを持つ、多く持つことに幸福を感じるのではなくで、また持ったモノへの愛着心さえ、持った瞬間に消えていき、より早くより新しいものを次から次へと消費していく、その瞬間にだけ幸福を感じるようになってしまっている。まさに消費こそ幸福である。

「消費が幸福」それがモノだけではなく人間関係にまで広まっている。日本社会では、深い人間関係を築くことが苦手な人が増えてきていると多方面から指摘されている。人とのつながりを欲しながらも、お互いに自分が傷つかないよう距離を保って接することが増えている。浅いつきあいの友人を多く持つ、そしてまた新しい友人を持ち、少しでも傷つきそうになったら逃げ出して、また新しい友人を持つ、そんな人が若年層を中心に増えている。モノとのつきあいと同じように。恋愛関係でさえ、本当に心から深いつきあいをするのではなく、傷つくことを恐れて、心理的には浅い関係を繰り返す、つまり恋愛も消費の対象になってしまった。

さらに、価値を金銭で量る社会、競争を基本とする社会は、人間も自分自身をより高い機能をもった商品として見せる必要を生み出した。大学は、真理を追及する場でもなく、自己の本質的な能力を高める場でもなく、この社会が求める良い機能を持った、良い商品としての人間を出していく機関になった。自分をいい商品に見せる、ということは他人にもそれを求めることになる。また、良い機能をもった、良い商品とは、実務遂行能力を持った者を意味し、実務をすすめる知識と能力は必要だが、人生の知恵、感性、理性は必要とされない。実務能力さえあれば、精神的な発達は考慮外で、自らが実行に携わっていることがこの社会の将来にとって、いいかどうか判断するのではなく、ただ遂行することに長けた人たちがエリートと呼ばれるようになってしまった。理性や感性が磨かれない社会に、他者を思いやる能力や、より良い社会を築くために関わろうという意思が育つことはない。そして自分より劣った商品とみなす人間や、自分達と同質化しない人間を排除する。

このような社会的病理が、痛ましい事件を生んでいる根本的原因ではなかろうか。その社会的病理が同時に、自然との関係も阻害し、地球規模の環境問題を生み出し、人類を滅亡の危機にさらそうとしている。

環境問題の解決、持続可能な社会を築くために必須とされている、「社会経済システムの変革」は、人間関係をまっとうなものにするためにも必須となっている。

参考及び引用
E.フロム『生きるということ』紀伊国屋書店、
杦本育生『グリーンコンシューマー 世界をエコにする買い物のススメ』昭和堂

(みどりのニュースレター 2007年1月号 No.164掲載)

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