第7回 熱帯雨林の心地よさ | 認定NPO法人 環境市民

第7回 熱帯雨林の心地よさ

文/代表理事 すぎ本 育生

汗が全身から湧いて出てくるようだ。顔からはポタポタと落ちる。こんなに汗をかいたのは、生まれて初めてではないだろうか。日本で北アルプスなどの山道を数時間登り続けたときも汗をたくさんかいたが、これほどではなかった。

しかし、気持ち悪さは全くない。いや何か心地よいぐらいだ。以前に熱帯雨林の中を歩いた人から「すごい湿気だけど気持ちいい」と聞いていたが、それは本当だった。この感覚は実際にこの森の中に入ってみないとわからないものかもしれない。ここはダナンバレー、ボルネオ島北東部にある熱帯雨林自然保護区の中だ。空はきれいに晴れているのだが、原生林の中は「昼なお暗い」という表現がそのままあてはまる。デジタルカメラのISOを400か 800に合わせないと撮れない。

ナチュラリストのマランさんの案内で原生林の中につくられた細い道・トレイルの中を歩く。目的地があってそこに向かっているのではなく、この森の空気を吸い、そこで様々な動物、植物に出合うために歩いている。フタバガキの大木がこの森の主だが、他にもマンガリスの大木や、どのようにすればこのように曲がりくねった幹になるのだろうと不思議になるリタアナなど樹木だけで多種多様だ。

歩いていると、ガイドが大木の幹を指し示し「タランチュラだ」と囁いた。映像では見たことがあったが、この有名なクモを直接眼にするのは初めてだ。私の手のひらくらいの大きさだが迫力は満点だ。小さな枝にいる緑色のトカゲはショートクレステッドアガミリザード、私たちに気づくと背の真ん中に一筋についているトゲを立てて威嚇してきた。数十センチのトカゲだが、もしも巨大になったら恐竜そのものだ。サルの鳴き声がときどき聞こえる。マランさんがリーフモンキーだと教えてくれる。

彼は、いろいろなサルの鳴きまねができる。「ホーッホーッ」と呼びかけるとサルも同じように叫んで応える。地面にも面白いものはいっぱいいる。丸ムシは日本にいるものの数十倍はありそうな大きさだ、ムカデの色も形も多様だ。イノシシ、マメジカ、ゾウの足跡や糞も発見できる。

ただ、ちょっとやっかいな奴もいる。ヒルだ。日本のヒルとは少しちがい縦縞模様が入っていてタイガーリーチと呼ばれている。ヒルは熱と二酸化炭素に反応して通りがかった動物に引っ付くそうだ。尺取虫のような移動方法だが引っ付く時はなかなか素早い。そして人間に引っ付いたら、いつの間にか服の間から進入して血を吸う。吸っているときは痛みもかゆみもないので気づきにくい。普段は地中の微生物を食べて生きている。吸血するのはメスで卵を産むためだ。

3日間いて、2ヶ所吸われた。ジョークだが「ダナンバレー献血協会」から「タイガーリーチに献血した」という証明書をもらった。このくらいのおおらかさがあってもいい。

この森の中にはいくつものトレイルがある。その中にはキャノピーウォークと呼ばれる高木の樹冠を観察するつり橋も設置されている。大木3本につけられたキャノピーウォークは地上30メートルの高さにあり、地上からは見えない植物と鳥、昆虫の世界を垣間見せてくれる。マランさんが少し遠くにある高木を指して「あの木は98メートルあり、マレーシアでもっとも高い木です。世界でも5番目の高木だとされています」と説明してくれた。

ダナンバレーに行くには、国際空港があるコタキナバルから飛行機で1時間のラハダトゥからクルマで入る。約2時間半の道のりだがほとんどは未舗装の道を通っていく。途中大きな木材を積んだトラックによく出あう。ドライバーに聞いたら、この道の周りの森は商業林で伐採が続いているという。ダナンバレー自然保護区は438平方キロと広大な面積だが、ボルネオでこのように保護されている地域はまだ少ししかない。

このダナンバレー周辺ではないが、ボルネオ北部のサバ州ではパーム油を搾るためのアブラヤシ畑が急速に拡大している。最初はゴム園からの転換であったが、世界の食用油需要の急増を受けて、現在は次々と熱帯雨林が切り開かれ焼かれてアブラヤシ畑にされている。

森の中で心地よい汗をながしながら、この熱帯雨林の生態系の豊かさを後世に残していくには、私たちの生活のあり方そのものを変えていくことが必須であると感じざるをえなかった。また、ボルネオの人が熱帯雨林を大切にしながらも経済生活が成り立つ手法が求められていることを痛切に感じた。それは現地の人々だけでなく、物を大量消費する国々の人の責任でもある。ダナンバレーの保護区には、熱帯雨林を観察に来るエコツアー向けの宿泊施設がひとつだけある。このような自然破壊的でない観光もその経済手法のひとつとして発展させていくものであろう。

※この連載の奇数回では、世界や日本の豊かな自然を描き、偶数号では今回のように日本社会やNGOへの提案を載せて行く予定です。

(みどりのニュースレター 2006年7月号 No.158掲載)

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