第13回 スイスアルプスの花 | 認定NPO法人 環境市民

第13回 スイスアルプスの花

文・写真 / 環境市民代表理事 杦本 育生

その風景は、まさに心の中に描いていたスイスアルプスの世界であった。垂直に近いアイガー北壁をバックに、目の前に360度広がるのは、花が咲き乱れる草原。たおやかに曲線を描く草原に、木々が深い緑が点々とアクセントを添える。放牧された牛がところどころに群れをつくり、カウベルの音が響いている。遠くにある、農家が夏に作業するための小屋が、まるでおもちゃの家のように見える。特異な形をした灰色の岩山ヴェッターホルンの上には青空と、ぽっかりと浮かんだ白い雲。

アイガー北壁をのぞむお花畑の放牧地

スイスアルプスをトレッキングするならほとんどの人が訪れるグリンデルワルト村。その北側の標高800メートルから2000メートル余に広がる丘陵を歩いていると、アルプスの少女ハイジの歌を口ずさんでしまう日本人が多いことだろう。風景写真の中に入れたくないような興ざめな建物や施設はほとんどといってないので、写真はつい広角レンズを多用することになる。

もちろん、この草原は観光のために作られたものではない。放牧のための牧草地である。6月中ごろから7月にかけてその牧草地に花がいっせいに花開く。

冬、この牧草地は一面の雪に覆われスキーゲレンデと化す。スキーのために切り開いたものではないからか、日本のゲレンデのように夏にみても自然破壊の悲惨さ感じる、ということは全くない。地球が創造した自然に人間の営みが調和した空間だ。

2000メートルを超えた岩肌にはキキョウやリンドウの仲間が顔をのぞかせる。日本アルプスでもよくみかける花だが、図鑑をみると日本の花とは微妙に違うようだ。紫、青、黄、白、桃色、いろいろな花に囲まれてみるアルプスの雄大な風景は、日常の瑣末なことに悩まされていること自体が、ばからしいことだと教えてくれている。

スイスアルプスの観光地には、登山電車、リフト、ロープウエイなどが景観に溶け込むように数多く敷設されている。また郵便バスや村営バスもある。トレッキングコースはその駅を結ぶように多様に用意されている。そのため、誰もが体力に応じて、素晴らしい景色を堪能できる。ゆっくりと登っていくこともできるし、下り道を中心にコースを組むことだってできる。

トレッキングコースはきちんと整備されていて、歩きづらいということはない。コースのスタート地点や分岐点にはかならず標識が立っている。現在地名と標高、そして行き先とその所要時間が明確に記されている。グリンデルワルト周辺では黄色の標識が普通だが、健脚向きのコースは白地に赤のラインで示されている。

トレッキングをしていると、ところどころで山のレストランに出会う。レストランもシャーレー風の木造建築で、少しも風景を壊していない。レストランではスイス風の軽食やパスタ、スープなどが絶景の中で楽しめる。もちろんビールやコーヒーも楽しめる。日本人にとって驚くべきことは、その値段が麓の村と変わらないことだ。スイスではどのような場所にあるレストランでも、ビール、コーヒー、紅茶等の値段の上限が決められているという。交通機関、コース、標識ともあわせて、観光立国という言葉が具現化されていることを感じさせる。

コースの途中で大きな滝に出会った。崖から落ちてきた水が清冽な小川になりそのまわりにお花畑ができている。水に乗った涼しい風が汗をかいた身体に心地よい。思い切り深呼吸をすると、生きているシンプルな幸せが湧きおこってきた。

山のレストラン

(みどりのニュースレター 2007年7月号 No.170掲載)

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