21世紀、地球を、地域を、生活を、持続可能な豊かさに
第1回 モルディビアンブルー
文/代表理事 すぎ本 育生
1984年、初めてのモルディブは、スリランカで一泊してから訪れた。飛行機がモルディブのフルレ島にある空港に近づいたとき、真っ青な海の中にぽつぽつと小さな島々が見えた。真っ青な海と書いたが、紺色ではない、明るくそして深い青色だ。この色はどのような漢字で「あお」と書いたらいいのか、とふと考えたが私の乏しい漢字力では思いつかない。フルレ島には空港しかない。モルディブには約1200の島があるが、みんなとても小さい。ほとんどは歩いて一周十分から数十分というぐらいだ。だからフルレは空港だけである。
普通の空港には、リムジンバスや鉄道がそのアクセスとして乗り入れているが、フルレには当然ながらない。あるのは桟橋、飛行機から降りた観光客は滞在する島に船やスピードボートで渡ることになる。桟橋まで迎えの人に案内されて歩く、海がみえたとき、あちこちで歓声やため息が聞こえた。水中に魚が見えるのだ。それも色とりどり、数え切れないほどに。海の色はここでは浅いので、水色、そうとても透きとおった水色であった。観光客のほとんどはダイバーかスノーケラーである。空港の桟橋付近でこんなに魚を見ることができる、そのことがこれからの休日が豊かに過ごせることを確信させる、それが歓声やため息になったのだろう。
私が滞在する島は空港からドーニと呼ばれる小さな船で20分くらいで着いてしまうビリンギリ島。モルディブの島はみんな極めて平たい。満潮時の国土の平均標高が1.5メートルと言われているが、もっと低い感じがする。どの島でも一面椰子の木が生えているが、椰子がなかったら、少し離れたら島とはわからないかもしれない。ビリンギリ島に着くほんの少し前、深く明るい青から緑がかかった水色に海が変わる。水深が急に浅くなるからだ。コバルトブルーからエメラルドグリーンへ。漢字では・・・。船からはフルレ島より、もっと多くの魚達がみられる。より大きなため息と歓声。
チェックインを済ませ、一週間滞在する部屋に案内される。とてもシンプル。今ではモルディブも豪華なリゾートホテルが多くなってしまったが、当時はシャワーも海水よりは淡い塩水。そしてベッドとクローゼット、トイレだけの部屋がほとんど。でも居心地はとてもいい。ホテルといっても数戸ずつの平屋建て。モルディブには椰子の木より高い建物は立てることを基本的に禁じる法律がある。なんと文化性が高い。それに比べると、私が住む京都の町の景観破壊が情けない。
早速着替えて、海へ。スノーケルとフィン、水中メガネをつけてビーチから入る。魚達が出迎えてくれる。数十メートル泳ぐとサンゴにびっしりと覆われたリーフエッジ、その先は20メートルほどのドロップオフ。でも海底までクリアーに見えている。まるで水などないかのようだ。ドロップオフに沿って泳ぐ。ミドリイシを中心とした造礁サンゴが生き生きとしている。チョウチョウウオ、スズメダイ、コショウダイ、キンチャクダイ、ニゼダイ、それにインド洋特有のパウダー・ブルーサージオンやモルディブアネモネ、・・色とりどり、姿も様々の魚達。その魚影の濃さと種類の多さに驚かされる。
まさに、手つかずの大自然だ。陸上では手つかずの大自然には、めったにお目にかかれなくなってしまったが、ここでは部屋から数分だ。
美しい生きもの達に囲まれて、1時間、2時間と過ぎていく。全ての生物は海から生まれた、それが知識ではなく感覚として身体がとらえる。この星はこんなにも美しいのだ、多くの人に伝えたい。私が見ているものを感じているものを伝えたい、無理だとはわかっているけれど。この星の自然の素晴らしさを感じることができたなら、それでも人々は自らを生み育んだ自然を破壊しつづける、愚かな文明生活を続けることができるのだろうか。そんなシンプルな思いが頭をよぎる。
モルディブの素晴らしさに魅せられた私は、翌年再び訪れた。そのとき宿泊したのは、空港からスピードボートで約1時間のランナリ島。モルディブは幾つもの環礁によって形作られている。その環礁をモルディブの言葉であるデヴィヒ語でアトールという。首都であるマーレ島や空港のあるフルレ島は北マーレアトール、ランナリ島は南マーレアトールに属する。
ランナリ島のサンゴ礁もビリンギリ島に負けず劣らず素晴らしい。この島の周りをスノーケリングしているだけで多くの表情豊かな魚達に出会い、まったく飽きが来ない。ランナリのホテルのレストランは、ビリンギリ島のものよりもシンプルだった。壁はなく、布製の日よけ兼雨除けがあるだけ。床はまったくなく砂地そのままである。それゆえか、滞在客の多くを占めるヨーロッパの人もここでは裸足でレストランにやってくる。
モルディブの国土は、全てサンゴなど海洋生物を起源とした砂である。つまり海の生き物が国を造りだしたのだ。地球最大の構造物は万里の長城ではなく、サンゴ礁が造り続けているオーストラリア北東沖のグレートバリアリーフであることを思えば、不思議ではないかもしれない。しかし、モルディブはサンゴ礁が健全であり続けることが、国そのものが存在するための最も大切な要件であり、人間も、生態系の一員であることをダイレクトに教えてくれている。
その後、仕事や「環境市民」の立ち上げなどで、訪れることができない期間が続いたが、95年、約10年ぶりにモルディブを訪れた。この時は個人としてではなく環境市民のエコツアーとして20人近くの参加者とともにである。せっかくモルディブに行くのだから、より素晴らしいサンゴ礁と魚達に逢える島を考え、南マーレアトールにあるビヤドウ島を選んだ。それはうれしいことに大正解であった。この歩いて一周約15分の島の周りにあるサンゴ礁は見事に発達していて干潮時には水面近く覆われる。そのためリーフエッジから外に出るには7つあるサンゴ礁の切れ目であるパッセージを通るしかないくらいだ。
参加者の多くは、サンゴ礁の海もスノーケリングも初めてという人達。安全に楽しめるように、そして壊れやすいサンゴを痛めないようにスノーケリング教室を開いた。参加者達は、サンゴの海の素晴らしさに完全に魅せられた。海で泳ぐのは30年振りという50歳代の女性が朝から日暮れまで海に夢中になって「こんな楽しいこと、今までしらなかったことが悔しい」と言ったほどだ。
このときのツアーではモルディブの環境大臣にお会いすることができた。約1時間の会談の最後に日本の人々に何かお伝えすることがありますかと尋ねた。大臣は丁寧に言われた「皆さんのライフスタイルを変えてください。さもなくば私たちは国を失ってしまいます」。そうなのだ。地球温暖化がすすむとこの国は海の中に沈んでしまう。
98年の7月にその予兆となる出来事がおこってしまった。海水温の異常な上昇が発生し、1ヶ月も続いたのだ。そのためサンゴと共生し、その成長と生存に決定的な役割を果たしている褐虫藻が逃げ出した。素晴らしい水中景観をつくり生態系の基盤となっていたサンゴはほとんど白化現象をおこしてしまい崩壊した。
2000年、04年、05年と訪れるたびにサンゴは少しずつ回復してきている。生命の力を実感させられる。この回復が続きやがてかつての素晴らしいサンゴ礁がみられることを期待したい。そして地球温暖化によってこの美しい島々が海中に沈んでしまうことがないことを。そのためには私たち「先進国」の人間の行動を変えるしかない。